【課題①】超精密製品の加工や組み立ては自動化が難しく、熟練した従業員の専門的な技術やノウハウに大きく依存していた。【導入効果】治具、工具、および補修部品の生産を内製化したことで、生産効率と品質が向上した。
【課題②】極めて大型で高価な部品を取り扱うことは、現場作業員にとって精神的・肉体的に大きな負担となっていた。【導入効果】新しいアイデアを迅速に実行できるようになったことでさらなる改善が進み、1年以内に設備の購入価格を上回る投資収益(ROI)を生み出した。
【課題③】カスタムの治具、工具、補修部品の生産を外注していたため、高コストと長いリードタイムが発生していた。【導入効果】リードタイムの短縮とコスト削減を実現すると同時にイノベーションを促進し、従業員のスキル開発を支援した。
背景と課題
自動化が困難なキヤノンの超精密製品の製造工程は、大きな課題となっていました。その中で重要な目標として掲げられたのが、「現場作業員の精神的・肉体的な負荷を軽減すること」でした。
3Dプリンタを導入するきっかけとなった、当時の現場の困りごとや課題は何でしたか?
ウェハ上に回路や配線を形成する露光装置の部品には、ナノレベルの超精密さが求められます。
そのため、経験豊富な従業員の直感やノウハウ、そして専門的な技能にどうしても頼らざるを得ないのが実状です。
部品の形状が多岐にわたり、点数も膨大であるため、自動化できる範囲には限りがあります。そのため、多くの精密工程がいまだに手作業で行われています。
さらに、製品自体も約2m×5m×3mと巨大であり、非常に高価な部品を使用しています。こうした状況が、現場作業員にとって精神的・肉体的に大きな負担となっていました。
3Dプリンタ導入の背景

キヤノンでは、数年前から一部の部署で3Dプリンタを使用していました。
2020年頃、研究開発(R&D)部門が3Dプリンタを導入したことをきっかけに、私たちの部門でも製造現場のプロセス改善のために導入を決定しました。最大の目的は、新しい治工具のアイデアなどを形にするまでの時間を短縮することでした。
以前は、素晴らしいアイデアがあっても、それを実行に移すまでに長い時間がかかっていました。仕様と設計を固めて外部サプライヤーに発注すると、1ヶ月以上のリードタイム(納期)を要していたからです。そのため試作も難しく、最初から細心の注意を払って完璧な設計を行う必要がありました。
そこで私たちはまず、10万円程度の安価なFDM(熱溶解積層法)方式の3Dプリンタを導入することから始めました。最初はツールケースや、万が一工具を落としても製品を傷つけないための保護カバーといった、シンプルなものの製作から着手したのです。
Markforged導入の経緯
~エントリーモデルの限界を超えて:選定の決め手となった精度、強度、そして信頼性~
Markforged X7を導入した目的と、選定の決め手となった要因は何でしたか?
安価なプリンタで経験を積むにつれ、私たちは3Dプリンタのメリットを実感し、より幅広い用途への可能性を確信するようになりました。
一方で、造形パーツの精度や強度については不満を感じていました。よりハイエンドな3Dプリンタを探し始めた際、当社のR&D(研究開発)部門がすでにMarkforged X7を導入していることを知り、見学に行ったのです。そこで目にした造形品質と材料の強度には、本当に驚かされました。
私たちが扱う部品は超高精度なため、傷から守るための工具(治具)は金属ではなく樹脂製である必要があります。Markforgedのプリンタが、高強度樹脂である『Onyx(オニキス)』を使用でき、さらにカーボンファイバーで強化できる点は、まさに完璧な条件でした。これにより、アルミニウムに匹敵する強度を持つ樹脂パーツを作ることができるのです。
この技術は、私たちのニーズに最適でした。さらに、ソフトウェアが無料でアップデートされるため、常に最新機能にアクセスできる点も魅力でした。
導入に至るまでの具体的な過程について教えてください。
Markforged Japanに連絡し、詳細な仕様の確認とデモンストレーション・プリントの立ち会いを行いました。そこで1ヶ月間のトライアルプログラムがあることを知り、すぐに申し込みました。トライアル期間は限られているため、事前に計画を立て、どのサンプルパーツを作成するかを決めておきました。
具体的には、バイス(万力)などの金属製工具を樹脂製に置き換える試みのほか、これまでの安価なプリンタでは対応できなかった、強度と精度が要求されるシャフトやギアの作成にも挑戦しました。これらを通じて、X7でどのような用途(アプリケーション)が実現可能かを検証したのです。
X7は高価な装置ですが、どのようにして購入の承認を得ましたか?
私たちは安価な3Dプリンタからスタートし、コスト削減や調達期間の短縮といった具体的なメリットを実績として積み上げました。その上で、高性能な3Dプリンタを導入すれば、さらに大きな成果が得られ、これまで不可能だったことも実現できると、粘り強く説明を続けました。
もちろんコストや時間の削減は重要ですが、それだけが目的ではありません。数値化しやすい目標を設定し、それを達成していくことで、目に見えるメリットを示せたことが経営陣の支持を得る要因になったと考えています。また、品質向上や利益への貢献についても具体的な事例を提示しました。
重要だったのは、経営層が『3Dプリンタは、イノベーションの促進や従業員のスキル開発といった、目に見えない無形の資産にも貢献するものである』という点を理解してくれたことでした。
活用内容と成果
上段左から: 深いザグリ穴のボルト取り外し工具、部品測定用治具、ボルト締め付け工具
下段左から: ワーク保持具(クランプ)、往復機構パーツ
Markforged X7の具体的な用途と、導入によって得られたメリットについて教えてください。
加工機のローラーやスイッチ、ステイ(固定具)などが破損した場合、これまでは交換部品が届くまでその機械は停止したままでした。
しかし現在では、破損した部品の寸法をその場で測り、すぐに3Dプリンタで造形することで、設備の復旧時間を大幅に短縮することができています。
以前は、カタログにない特注の治具や工具が必要な場合、図面を作成して発注し、一点ものとして機械加工してもらう必要がありました。しかしX7があれば、規格外のパーツでも設計からプリントまで行い、わずか1〜2日で手にすることができます。従来の切削加工では不可能だった形状も形にできるため、かつては実現不可能だと思っていた治具や工具も製作できるようになりました。今ではギア(歯車)やボールねじまでもプリントしており、以前はエンジニアリング部門に頼らざるを得なかった自動化装置の開発・組み立てを、現場の製造チームだけで完結できるようになっています。
さらに、セラミックスや金属の超精密加工プロセスでは、極めて慎重な取り扱いが求められます。金属製の治具を使用していた頃は、わずかに接触しただけでも部品に亀裂が入ったり、傷がついたりする恐れがありました。私たちは、金属製治具をX7で出力したパーツに置き換えることで、この問題を解決しました。例えば、金属パーツの平坦度を測定するツールを3Dプリンタで製作したことで、測定作業は安全かつ簡単になりました。また、六角レンチなどの金属工具もX7で自作したものに置き換えたり、代替が難しい場合は保護カバーを取り付けたりすることで、製品を損傷させるリスクを大幅に低減させています。
ソフトウェアについては、どのように評価されていますか?
ソフトウェアは直感的で、不要な設定項目を調整しなくて済むように合理化されている点を高く評価しています。
他の3Dプリンタでは、設定するパラメータが多すぎて混乱してしまうことがありますが、Markforgedの場合は、試行錯誤が必要な重要な部分だけに集中して調整でき、かつ必要な箇所には細かくコントロールが効くようになっています。メーカー側で非常によく考え抜かれた、洗練されたソリューションだと感じています。
管理者の視点から見て、Markforged X7を導入したことでどのような効果がありましたか?
2022年度だけでも、プロジェクトにおける部品調達コストを従来の5分の1にまで削減し、調達期間についてはわずか20分の1にまで短縮することができました。
コストや時間の削減もさることながら、3Dプリンタによってアイデアをほぼ即座に形にし、迅速に試行錯誤(イテレーション)を繰り返せるようになったことも大きな成果です。トライアンドエラーを通じて治具や工具を洗練させていける能力は、もう一つの大きな強みと言えます。これは単により効果的なツールを生み出すだけでなく、それを提案し、設計する従業員の専門的な成長にも繋がっています。
ツールの製作に対するハードルが大幅に下がったことで、現場の作業員からより多くのアイデアが出るようになり、実際に導入された改善件数も飛躍的に増加しました。
これらの成果は社内でも高く評価されています。キヤノンのグローバル全拠点から、設計・製作された優れた『からくり(低コストで工夫を凝らした自動化ツール)』の事例が集まる『知恵テク展示会』において、私たちは見事『知恵テク賞』を受賞することができました。