CASESTUDY 導入事例
工業デザイン&製造
Autodesk Fusion 360 で実現する、マイクロものづくり
VIE. STYLE 株式会社
2021.06.17 更新

世界に点在するものづくりのパートナーと瞬時にデータを共有できることが大きなメリット
鎌倉市に拠点を置くスタートアップ企業のVIE. STYLE 株式会社は、現在、さまざまな人たちの耳孔にフィットするワイヤレスイヤホン「VIE FIT(ヴィー・フィット)」のクラウドファンディングプロジェクトで注目を集めている。同社は音楽、ゲーム、IT業界を経験してきた今村泰彦氏が設立したベンチャー企業だ。2016 年に第 1 弾製品としてワイヤレス・ヘッドホン「VIE SHAIR(ヴィー・シェアー)」を発表。メガネなどに使われる柔軟で丈夫な特殊樹脂を使用し、装着時のストレスを軽減したヘッドフォンとして注目を集め、Kickstarter、Makuake といったクラウドファンディングで通算 5,000 万円 の資金を調達。その次に 2017 年夏から開発をはじめたのが、現在進行中のワイヤレスイヤホン「VIE FIT」だ。
VIE. STYLE 株式会社は、現在のところ、起業家・今村泰彦氏のひとり会社だ。今村氏の構想のもと、さまざまな人の力を借りて製品を世に出している。「VIE SHAIR」はプロダクトデザイナーの西村拓紀氏にデザイン全般を依頼し、 ヤマハでOEM生産を行った。第 2 弾製品である「VIE FIT」の開発にあたっては、今村氏自身も Fusion 360 を手に入れ、以前よりもぐっと製品開発にコミットすることとなった。
「まず最初の構想として、長時間つけても辛くならない、万人の耳にフィットする低価格なイヤホンをつくりたいということがありました。その人に合ったイヤホンをオーダーメイドできるサービスは既にありますが、それだとその人しか使えませんし、お金もかかります。そういうユーザーエクスペリエンスありきで考えていたため、自分や周囲の人たちの耳を借りて試作を繰り返すうちに、自然と自分自身でも 3D データを扱えるといいのではないかと思い立ち、Fusion 360 を使ってみることにしました。僕自身はこれまで 3D CAD ソフトを使ったことは一度もなかったんです。それが、Amazon で見つけた市販書籍を上下巻で買って、試しに 1 個、箱をつくってみたんです。そうしたら全然簡単じゃないかと(笑)。3D モデル作成や 3D モデルを利用した設計レビューのハードルが一気に低くなりましたね。ユーザーインターフェースがわかりやすい。誰でも使える。アドビの Photoshop やアップルの iMovie くらいの簡単さに、他の CAD ソフトとは一線を画すものだと感じました」(今村氏)
「VIE FIT」開発のキーマンの一人が、フリーランスで 3D モデリングを手がける仙頭邦章氏だ。仙頭氏が Fusion 360 のユーザーだということもあって、今村氏は Fusion 360 にトライしたという。では、今回の「VIE FIT」開発において、Fusion 360 はどのように使われたのだろうか。
「今回、今村さんからイヤホン構想の段階で相談を受けました。“フィット感を大切にする”というユーザーエクスペリエンスを第 1 に考えるということだったので、シリコン粘土でサンプルを作ってみてはどうだろうと提案し、今村さんに粘土を渡してさまざまな形を作ってもらいました。それを計測しながらモデリングをしていたんですが、難しかったので、サンプルを 3D スキャンし、その 3D データを Fusion 360 に直接読み込んで調整するというやり方で行いました」(仙頭氏)
「シリコン粘土で試作 → 3D スキャン → Fusion 360 の 3D モデルの調整→3Dプリントモデルに出力」といった一連の試行錯誤を幾度となく行い、その都度 Fusion 360 のパブリックリンクの共有機能を使って Web ブラウザ上でデータをレビューし、改良点をお互いに探っていったという。
ひとつ象徴的な出来事があった。今村氏が最終的に出来上がったサンプルを数人に試してもらったところ、耳孔で試す前にひと目見ただけで「でかい!」と反応されることが続いたという。その理由を考えた結果、今村氏はひとつの結論にたどり着いた。
「人は最初に認識した面の大きさだけを見て、その体積を認識するんだなということにふと気が付きました。つまり、手前の面の大きさが違うだけで印象が変わってくる。これもモデルデータの作成をデザイナーだけに任せてしまったら全然わからなかったことかもしれません。この面のエッジを少しだけ削ることで印象はがらりと変わりました。その際に、データを見ながら内部のパーツに影響を与えずに削れるかどうかがすぐにわかるのも、Fusion 360 を使っていて良かった点です」
「VIE FIT はユーザーエクスペリエンスの追求が開発段階の最初にあって、その後に形を作っていき、製造工程を経て終点にたどり着くという、工程そのものがチャレンジで、最初に形はなかった。つまり形はなんでもよかったんです。Fusion 360 を使ったから頻繁に高度なコミュニケーションをすることができて、形を進化させることができました」(今村氏)
現在、VIE FIT は、先行してプロジェクトを立ち上げた Kickstarter で 327,699 ドルの調達に成功し、Makuake でも支援額がすでに 2,742 万円に達する勢いを見せている(2018 年 1 月 22 日現在)。こうしたクラウドファンディング上でアピールするには、魅力的なコピーや製品紹介ムービーをつくるのも重要な仕事だ。今村氏はそういった仕事を、世界中の信頼できる仲間に依頼している。
「日本以外にも、アメリカ、カナダ、ラトビア、イスラエルなど、さまざまな国で手伝ってくれる人がいます。ビデオグラファーもデザイナーも、全員ひとりでやっているプロフェッショナル。そういう人たちとベストレベルでものづくりを一緒にやっていくとなると、やはりデータのオンライン共有というのはとにかく重要なんです。遠く離れていても、ちゃんとコミュニケーションができて、すぐに返事が返ってきてリアルタイムに近い形でできますから」(今村氏)
「僕自身もいろいろなプロジェクトに関わっていますが、Fusion 360 であれば、どこにいてもスマホや他のデバイスでもデータを見ながらやりとりができる点や解析などのツールが CAD と同じプラットフォームで使えるのがフリーランスの設計者としてはとてもいいですね」(仙頭氏)
こうした VIE. STYLE の仕事のやり方は、“マイクロものづくり”とも言われる新しい製造業の姿だ。これまでの日本の家電メーカーなどに代表されるようなヒエラルキー型の大量生産のものづくりではなく、VIE. STYLE のものづくりは先にアイデアをユーザーに売り込み、その後にユーザーからのリクエストを取り入れながら製造を行うもので「アイデアが売れたらつくるし、売れなかったらつくらない」という非常にシンプルなスタイル。とはいえ、今村氏は、自身の事業を5 年以内に 1,000 億円規模のグローバル企業にすることを目指している。それを実現するには、マイクロものづくりがネットワーク化することが必要だと考えている。
「次の段階としては、ものを作る人をたくさん集めることになるでしょうね。そうなったとしても、僕が社長になってトップダウンで進めるような方法ではやりません。もともとは日本の家電メーカーも小さな事業ユニット単位で新しいものを生み出そうと町工場の人たちと一緒になって頑張ってきた構図があったはず。それがいつか箱物行政のような図式になってしまった。箱物はどんどんなくなると思います。VIE. STYLE では僕自身が考える“人間らしい暮らし”を実現するためのイノベーティブなものづくりを加速させていきたいと思っています。Fusion 360 が、そのものづくりのワン・プラットフォームとして普及することを楽しみにしています」(今村氏)