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工業デザイン&製造
金属部品メーカーが 3Dで新たなビジネスを創造
株式会社キャステム
2021.06.17 更新

自由自在に 3D データを造形できるモデリングツールと3Dプリンタの登場は、個人のメイカーだけでなく既存の製造業にも大きなインパクトを与えた。老舗の金属部品メーカーが「Fusion 360」で生み出した新たなヒット商品とは。
カープグッズに採用
「ものづくり」の街として知られる広島県福山市に本社を置く金属部品製造メーカーのキャステム。1970 年の創業以来、「ロストワックス鋳造」と「メタルインジェクションモールディング(MIM)」という製法を駆使して、胃カメラなどの精密医療機器や電子機器に用いられる極小の金属パーツから小型船舶のスクリューのような一般産業部品まで、多品種小ロットで金属部品製造に取り組んできた。
石井裕二さんは、同社に入社してから現在まで金型製造部門に勤務してきた金属部品作りのエキスパート。2015 年に鋳造の分野ではまだ珍しかった 3D プリンタを他社に先駆けて導入し、これまでとはまったく異なる発想の新規事業の起ち上げをまかされ、京都にものづくりスペース「LiQ」を開設することになった。オートデスクの 3D 制作ソフト Fusion 360 との出会いも、そのことがきっかけだったという。
「これまで手掛けてきた無機質な金属部品の設計であれば手慣れた CAD/CAM でも構いません。しかし、3D プリンタで何かを作り出すのであればデザイン性や有機的な形状を作れるソフトが必要です。当初は無償の 123D シリーズを使っていたのですが、フェイスブックのつながりで Fusion 360 が使いやすいと聞き、試用してから正式に使い始めました。また、新規起ち上げで予算や設備も潤沢ではなく、スタッフも数人程度だったので、パソコンがあればすぐ使い始められるのも好都合でした」
この Fusion 360 を用いた新規事業は、ふとしたきっかけで意外な展開を見せる。
「営業に広島東洋カープのファンがいまして、自分専用のベルトのバックルを作りたいと言い出したんです。その際のリクエストが変わっていて、カープの“C”のロゴの中に好きな選手の背番号と名前を付け替えられるようにしたいと言うのです(笑)」
3D プリンタで試作してシリコンゴム型を取りステンレスで鋳造したバックルの出来栄えは上々で、意を決して球団事務局に持っていったところ広島東洋カープ常務取締役・オーナー代行の松田一宏氏の目に留まることに。
「松田オーナー代行は『かっこいいね』と、ベルトを実際に身に付けてくれたんです。それで、背番号の交換システムはいらないけどぜひ製品化してほしいと言ってくださって。正規の球団ロゴデータもいただいて 2 次試作もすぐに完成し、トントン拍子で事が進みました」
ついには 2017 年のカープ公式グッズのカタログにも掲載され、初回生産の 250 個分は販売開始からわずか 3 分で完売という大ヒットを生み出した。
「思いつきから始まって、短期間に試作から商品化にこぎつけました。従来の製法では受注から設計・製造まで 1 カ月半程度ほどプロセスがかかりますが、この製法では極端な例では数日や数時間でできてしまうこともあります。Fusion 360 がなければ、このようなスピード感での実現は不可能だったでしょうね」
「カープ坊や」のバックルの 3D モデリングを担当した田外さんは、CAD はまったく未経験であったという。
「いきなり使ったことがないソフトを渡されて最初は困惑しました。でも、操作ガイドを見たりインターネットで調べたらだいたいの使い方がすぐわかったので、イラストを元に 3D データを作成しました。カープ坊やの眉毛のデータを消してしまったのに気づかずに出力してしまったこともありましたが、Fusion 360 は操作手順をすべて覚えてくれているので、いつでも戻って修正が加えられてとても助かりました」
Fusion 360 の変革
発足当時は数人程度であったスタッフも、カープグッズの成功を足がかりに現在は 10 名を超えるまでに規模を拡大。今では Fusion 360 を初めて触ったスタッフも数日で完成品を作り出せる体制が整っているという。
「ちょうど先日配属された新人がいて、絵が描けるというので Fusion 360 を与えてみたんです。すぐに作品を作ってみたいというので少しアドバイスをしたら、数時間後にはデータが完成していました。つきっきりでトレーニングしなくてもすぐに使いこなせるんですよね」
Fusion 360 と 3D プリンタの導入により、受注を待たなくても自発的に営業が行えるようになったキャステムでは、ユニークなアイデアさえ出せれば新人であっても大ヒット商品を生み出すことが可能となった。今後は工学系出身者だけでなく、美術や造形のセンスを活かしたいスタッフの採用も増やしていきたい意向だという。
「金属部品製造業というと手堅いけれど、一般的にはあまりクリエイティブでないイメージも持たれていたように思います。しかし、3D の工法はこうしたイメージを一変させるのではないでしょうか。いわゆる生真面目なものづくりの世界とアート的なものづくりが融合していく感覚が期待できます」